晃華学園事件・児相問題

記者会見資料・晃華学園事件の概要

2014年7月23日


公開:2016年3月7日、更新:2017年2月19日


晃華学園事件について

一、本件事案の要旨 - 教諭の体罰をうけた被害児童を学校が遺棄、家族を破壊

【事件の概要】

 

 カトリック系「学校法人晃華学園」が設置する「晃華学園小学校」(東京都調布市)の、前校長(現理事長)石上壽美江の下で起った、教諭高階による暴行(体罰)を含む児童虐待事件であり、また事件後、その隠蔽等を図る学校側が、アスペルガー症の傾向を持ち行動面で学校の期待を満たさなかった被害児童を児童相談所の「一時保護」制度を悪用して遺棄し、それが児童への著しい人権侵害をもたらした事案である。

  

 石上壽美江は、一方で教諭高階の暴行を「指導」と強弁し肯定しながら、他方で副校長田島亮一(現校長)と共謀、学園の虚名を維持するため、暴行に批判的な問題提起をした保護者を逆恨みし、保護者が児童を虐待したなどと事実を歪曲し捏造して、所沢児童相談所に「虐待通告」し、事実関係の調査をきちんとしない児相に「一時保護」させて被害児童と保護者を学校から排除した。

 

 石上壽美江は、その後児相に文書を送り、被害児童を転校させ、家族を破壊させることを要求した。これにより、憲法が保障する学習権・幸福追求権が奪われ、被害児童と保護者との家族生活が破壊された。

  1. 校門の横に大きなマリア像を立て、カトリックの人間愛を売りものとしているミッションスクールの晃華学園で、2011年度に、高階俊之 小2A組担任教諭による児童頭部の強打等の暴行(体罰)などの虐待が、水岡伶龍(以下、「被害児童」という。)ら複数の児童に、11ヶ月の長期にわたり加えられました。
     
  2. 保護者がこれを批判する問題提起をしたところ、校長石上壽美江は、教諭の虐待を知りながら、校長として、教諭高階俊之を教壇に立たせ続け、しかも学校教育法11条但書違反の体罰を「指導」だと積極的に容認しました。被害児童は、不登校の精神状態に陥りました。
     
  3. 石上壽美江が担任教諭の暴行を容認していることを知って、石上壽美江の朝礼の講話を聞くのを嫌がるようになった被害児童が、3年生に進級後遅刻して登校したところ、石上壽美江は感情を害し、被害児童に授業を受けさせず、監禁して詰問する体罰を自ら加害しました。
     
  4. 保護者が堪えきれず、教諭の暴行に問題提起したところ、石上壽美江は抗議に報復し、所沢児童相談所に、虚偽と歪曲の「親の虐待通告」を繰り返しました。通告は親が教諭の暴行に対し石上壽美江に行動をとった直後にのみなされており【時系列グラフ】、通告が報復としてなされたことは歴然としています。
     
  5. 石上壽美江は、自らの学校教諭の虐待を「指導」として肯定しながら、逆恨みの心情から冷静さを失って筋が通らない二重規準をふりまわし、「親の虐待通告」なるものを行なったものです。
     
  6. 石上壽美江は、暴行事件があってから1年近くも経過して、ようやく教諭による暴行の一部の事実を認め、関係する保護者の前で謝罪しました。非を認めたのですから、その後は誠実に反省し、被害児童に心理的ケアや療育を与えたり、保護者に直接謝罪したりすべきところですが、逆に、この暴行事件を私立学校の虚名と経営維持のため組織ぐるみで隠蔽することを図り、副校長に昇進させたばかりの田島亮一と共謀して、暴行に問題提起する保護者の被害児童を、児相の「一時保護」制度を悪用して遺棄し、児童と保護者もろとも学校から排除することを図りました。
     
  7. 2013年4月20日、石上と田島は共謀し、被害児童を放課後も学校に留め置いて児相送致しようとしましたが、この時は児相の協力が得られず失敗。そこで、25日に児相の職員を呼びつけて、被害児童や保護者に対する偏見に満ちた言説を並べたて、その後5月1日、連休の岩場や藪がある難コースの山行で被害児童についた傷を見つけて再度児相に通告、送致して被害児童の遺棄に成功しました。
     
  8. その後、石上壽美江は、自らが人間愛に基づく適切な被害児童の療育指導を怠ったことを棚に上げ、被害児童があたかも「問題児」である旨を児相に対し殊更に強調し、さらに親子の家族関係を破壊することを児相に明示的に文書で求めました。家族関係破壊の要求は、明らかに学校の管轄外の、不法な逸脱行為です。
     
  9. これにより被害児童は、憲法が保障する学習権を奪われました。7ヶ月間も児相に拘禁され、現在もなお、法令が定める正規の学校教育を受けることができていません。学校法人晃華学園は、授業料等をいまだに保護者から平然と収受しながら、この事態に何らの対応策もとろうとしていません。
     
  10. また、保護者の父親は、被害児童と会うことが全くできなくなり、家族の絆が破壊されました。
     
  11. 他方、暴行被害児童の遺棄に直接携わった田島亮一は、赴任わずか4年にして、昨年4月から校長に昇進しました。被害児童の排除に協力したことに対する論功行賞人事であることが、強く疑われます。田島亮一は、もと武蔵野市、杉並区などの公立小学校で長い間勤務しており、カトリックの信徒であるかすらわかりません。しかし、公立小学校時代に校長になれなかった田島亮一は、校長の椅子を獲得するや、早速、教室から被害児童の机の撤去、被害児童の保護者の保護者会出席禁止、学校の連絡メイル遮断など、さらなる排除を露骨に推進しはじめました。

二、提訴の目的

  1. 被害児童の晃華学園への復帰と、被害児童家族の再統合を早期に実現させること。
     
  2. 暴力事件を「指導」と強弁して容認し、また暴行や被害児童の人権蹂躙に加担した、理事長石上壽美江、小学校長田島亮一を、学校法人晃華学園は更迭すること。
     
  3. 学校法人晃華学園が、キリスト教の人類愛あふれた教育理念の原点に回帰し、管理職らの専制支配を排して、児童・生徒、保護者が中心となった学園の教育・運営の徹底的な民主化を図ること。
     
  4. 長期にわたる拘禁により、被害児童はその学習機会が大きく損なわれ、親権者の渾身の努力で身につけた登山などへの興味や情操教育上のスキルを被害児童があらかた失ったこと、当初期待していた中学受験をはじめとし大成と幸福追求を実現する被害児童の発達権と保護者の期待が奪われ、また親が精神的喪失感を受けたことなどに対し、正当な損害賠償を受けること。

三、学校法人晃華学園:自浄作用を失った、理事長らの専制的ガバナンス

  1. 小学校は1957年に「暁星学園附属晃華小学校」として創立されました。男女共学。中学・高校は、女子校です。
     
  2. カトリック系ミッションスクールで、キリスト教教育や「家庭との連携」という方針を売り物にして志願者を集めようとしています。
     
  3. 経営母体は「汚れなきマリア修道会」という女子修道会です。「マリア会」という、暁星学園(九段)等を経営する男子修道会と姉妹関係にあります。マリア会では、かつて横浜にあった Saint Joseph International School の廃校問題等に関わる内紛に起因する聖職者間の凄惨な殺人・自殺事件が、同系列の札幌光星中・高等学校において、1997年に起こりました。
     
  4. 問題を民主主義的議論で解決できない、マリア会系列学校の上意下達のガバナンスが、ここからも窺い知れます。晃華学園もまた、理事長・校長の専制的支配と、硬直的な組織・運営形態を特徴としています。学校と保護者が平等な立場で議論するという民主主義の学校運営の常識は通用しません。上意下達と不祥事が起きても外部に容易に知らせない隠蔽体質で、学校は自浄作用を失っています。
     
  5. 専制的ガバナンスを支えるため、校長は一部の人々を校長の「とりまき」のように囲み、これらの人々には、児童生徒の個人情報漏洩なども平然となされています。
     
  6. 同じ学校法人が経営する晃華学園中・高等学校は、かつては大学進学実績を誇る学校でしたが、ここでもガバナンスの問題などから偏差値が低迷、近隣の吉祥女子中・高、鴎友学園女子・中高などを、偏差値において大きく下回る状況となりました。しかも、男子児童はこちらの中学・高校にすら連絡進学できず、卒業後は外部に出なければなりません。
     
  7. 都区内西部や三多摩地区では、私立学校を選好する教育熱心な家庭が多いのですが、少子化、日本経済停滞による私立小学校受験者の減少、私立小学校の数の多さなどから、学校間の児童獲得競争が激しくなっています。このため、校長石上壽美江は、同小学校男子の中学受験校化をねらって経営基盤の安定を図ろうとしたものか、2011年度に、中学受験校として実績をあげる私立宝仙学園小学校(中野区)からベテラン教諭の高階俊之を招き入れたのです。
     
  8. ところが高階俊之は、赴任早々から、その指導する児童らに、殴る、紐で縛る、トイレに行かせないなどの虐待を次々と加えはじめました。しかし石上壽美江にとって高階は経営戦略上重要な教員であったと思われ、高階を教壇から外すなどして暴行をやめさせる実効的措置を何らとりませんでした。
     
  9. それゆえ、この晃華学園事件は、法人理事長・全小学校長として学校に君臨する石上壽美江が、経営強化のため学校間競争に打って出たことの挫折としてもとらえることができます。

四、本件事案の主な経過

2004年3月29日 水岡伶龍(「被害児童」という)出生
2010年4月 被害児童、晃華学園小に入学
2011年4月 高階俊之、晃華学園に赴任。被害児童の担任(2年A組)となる
2011年5月 高階、被害児童の頭部殴打などの暴行(体罰)を開始。翌年3月まで執拗に繰り返される
2011年9月 被害児童、高階の暴行を養護教諭に訴えるも、効果的な対策はとられず
2011年11月 被害児童、同学年児童からのいじめに遭う
2011年11月29日 保護者、学校に架電しいじめをなくす対策を要求
同日午後 石上壽美江、これに報復するように、所沢児相への「虐待通告」を開始
2011年12月4日 保護者、高階の暴行に対し、調査委員会設置・再発防止・暴行を行なった教諭の処分・文書による謝罪等を要求する抗議文書を石上宛発送
2011年12月9日 石上、「いじめは認められず、被害児童は自然に遊んでいる」等と返信
2011年12月19日 石上、児相職員を呼び、保護者と面会させる
2012年1月 被害児童、教諭の暴行のため不登校状態に陥る。保護者が付添って登校させた
2012年3月14日 石上、高階の暴行への対処をせぬまま、面談に応じなければ退学させるとの恫喝文書を保護者に送付。同様の恫喝は、次年度同時期にはなかった(児相送致による遺棄をすでに決断していたからだと思われる)
2012年3月15日 石上、高階の被害児童への暴行は「体罰ではなく指導」と保護者にファクス、校内での児童虐待を積極的に容認
2012年3月末 高階が辞職。教頭青池(当時)もあわせて辞職
2012年4月 田島亮一、3年A組で被害児童の担任教諭となる
2012年9月22日 保護者、暴行に関し訴訟を考え、証拠として養護教諭の日誌開示を要求(校長により開示が拒否される)
2012年10月5日 石上、9ヶ月間なかった児相への「虐待通告」を再開
2013年3月17日 石上、「旧2A保護者会」開催、高階の暴行を一部認め謝罪
2013年4月 田島、副校長に昇進
2013年4月1日 石上ら管理者しか知らない個人情報を含む被害児童への中傷が、ネット掲示板「インターエデュ」に書き込まれる。同種の中傷書き込みが延々となされるが、4月16日で突然途絶えた
2013年4月20日 石上と田島、児相に「体罰があったらしい」と通告、被害児童を保護者の了承なく校内に留め置くが、児相送致に失敗
2013年4月25日 石上と田島、所沢児相職員を保護者に秘密裏に呼び出し、父子に対する悪意に基づく中傷を述べて、児相が「一時保護」を受け入れるよう計らう
2013年4月28~29日 被害児童と保護者は、仲良く連れ立って、秩父市の矢岳、酉谷山、熊倉山という熟達者向縦走コースで、避難小屋一泊の山行
2013年5月1日 石上と田島、山行で被害児童についた傷を見つけ、児相に「虐待通告」。午後6時過ぎ、児相は被害児童を拘束、児相送致による遺棄に成功
2013年5月25日 石上、児相宛文書で、被害児童が学校の期待にそわない問題児である旨を述べ、児相の手により被害児童退学と家族関係破壊を要求
2013年9月17日 保護者、晃華学園に2学期分授業料等19万円支払。学校は異議なく収受。以後、3学期(13.5万)、2014年度1学期分(28.5万)から3学期分まで(計61万円)も収受
2014年1月 所沢児相、被害児童を児相収容所から児童養護施設に移す。学齢簿に記載ない公立小に「臨時的措置」として通学させるが、晃華学園は何の対応もせず
2014年4月 田島、赴任4年目にして校長に昇進。急速な出世であり、その理由が疑われる
2014年4~5月 田島、教室から被害児童の机を撤去、保護者への連絡メイル遮断、保護者会への出席を禁止措置など、排除を拡大

五、時系列グラフ

図:時系列グラフ
時系列グラフ