立川・山中坂慰霊碑


公開:2018年11月28日、更新:20--年--月--日

 

 

 戦争中、東京都立川市富士見町にあった山中坂防空壕に、B-29から落とされた爆弾が直撃し、非難していた市民が犠牲になりました。

 

1. 戦災情報

2. 山中坂防空壕跡・慰霊碑

3. 山中坂非歌

 

注:現地写真は後日追加します。

 

 

1. 戦災情報

 

 東京都立川市富士見町にある山中坂では、1945年4月4日の空襲で、防空壕に爆弾が落ちて42名が亡くなりました。その跡地に、「山中坂地蔵尊及び歌碑」があります。

 

総務省 > 国内各都市の戦災の状況 > 立川市における戦災の状況(東京都)

 

また、近くの諏訪神社には、戦争で亡くなった立川市民をまつった「殉国慰霊碑」があります。

 

 

2. 山中坂防空壕跡・慰霊碑

 

 碑文

 

 太平洋戦争の末期、立川は1945年(昭和20年)2月16日から8月2日までの間、少なくとも13回の爆撃を受け、330余名が犠牲となった。

 ここ山中坂にあった横穴式防空壕は、4月4日未明、B29が投下した爆弾が直撃し、中に避難していた子どもたち32名を含む42名が死亡した。

 平和をねがい、思いをおなじくする私たちの拠出金と、土地所有者の株式会社伊藤商店のご協力によってこの歌碑を建立し、戦争の悲劇を再び起こさない事を誓います。

 

 1995年4月2日

 

 

3. 山中坂非歌

山中坂悲歌

    作詞 小沢長治

    作曲 新田光信

 

夜明けが遠い 闇の中

山中坂の防空壕に

息つめよりそう41人

子ども年より女の人

爆弾積んだ飛行機がくる

 

闇をひきさき とどろく音

防空壕に爆弾が落ちた

埋められた41人

子ども年より女の人

二度とかえらぬみんなの命

 

ああ 悲しみが坂を流れる

桜の花がなきがらに降った

あの日のように花びらが舞う

山中坂よ 小さなほこら

お地蔵さまに祈る誓い

 

あの悲しみを くり返さない

あの悲しみを くり返さない